どうする?原子力

 

ドイツは、世界の主要先進工業国の間で、原子力の放棄を決めた、ただ一つの国である。シュレーダー前首相は、連立政権のパートナーとなった環境政党・緑の党の意向を受け入れて、2000年に電力業界との間で行った合意により、2020年までに全ての原子炉を停止することを決定した。その背景には、チェルノブイリ原子力発電所の事故によって、ドイツでも放射能による土壌や食品の汚染が起きたことなどにより、市民の間で原子力に対する不安感が強いという事情がある。

だがこの脱原子力合意が、今大きく揺れている。大手電力会社RWEエナジー社は、今年9月末にヘッセン州の原子炉ビブリスAについて、稼動年数の延長許可を政府に対して申請したのである。1970年代に建設されたビブリスAは、脱原子力合意によると、2008年には運転を取りやめる。だがRWEエネルギー社は、1988年に裁判所の命令で廃炉になった別の原子炉の発電量を、ビブリスAに移管することによって、2011年まで運転する許可を求めているのだ。

メルケル政権の一翼を担うキリスト教民主同盟(CDU)は、元々前政権の脱原子力政策に反対しており、稼動年数の延長を求めていた。ドイツ政府は、今年4月から行っている「エネルギー・サミット」を通じて、長期的なエネルギー政策を打ち出す作業を行っているが、この議論の中で、CDUは将来のエネルギー源の選択肢の一つとして、原子力を残すように強く主張している。

産業界でも、「ドイツは電力料金が高すぎる。気候変動の原因となる二酸化炭素などを減らし、エネルギーの安定供給を確保するには、原子力というオプションを捨ててはならない」として、脱原子力政策の見直しを求める声が強まっている。

特に、今年初めにロシアが政治的な理由から、ウクライナへの天然ガス供給を停止した際に、ドイツやフランスへの天然ガスの供給量も減るという事態を経験して、西ヨーロッパ諸国の政府の間では、「ロシアからの天然ガスへの依存度を減らす必要がある」として、原子力を見直す動きが目立っている。たとえば英国政府は、今年になって新しい原子炉の建設を後押しする方針を打ち出している。

つまり、ビブリスAの稼動年数の延長問題は、ドイツ政府が今後原子力についてどのような姿勢をとるかを占う上でも、重要な試金石となるのだ。決定権を握る連邦環境省は、申請を却下すると見られている。社会民主党に属するガブリエル大臣は、「脱原子力政策に派変更を加えない」という方針を明らかにしている。このため、電力会社は申請が却下された場合、裁判所に提訴することも検討している。

エネルギー使用の効率性を高め、風力や太陽光など再生可能エネルギーを促進することによって、原子力を代替するという、世界でも例がないドイツの脱原子力政策は、今後どのような方向に進んでいくのだろうか。ドイツだけでなく、環境問題に関心を持つ世界中の人々にとっても、今後の議論が注目される。

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週刊ドイツ・ニュースダイジェスト 2006年10月20日